加西の野池のこと
a0110205_3233360.jpg

加西市の野池に漁業権が設定された
新聞で読んだ人も多いと思う
私は二十年前から加西でバスを釣ってきた
いわば生き字引みたいなバサーだが
今度ばかりは良民の味方である
つまり農家の味方だ

バスブームに乗ってやってきた
にわかバス釣り師たちは
釣り方は熱心に研究するが
良識を学んでこなかった

畑や田圃の畔を潰す
池の周囲にゴミを捨てる
池の中に煙草の吸殻を投げ捨てる
釣り糸の屑を捨てて耕耘機に絡ませる
農道に不法駐車し農作業を妨げる
池の周囲を踏み荒らし土手を崩す
早朝から夕暮れまで
蛮声、嬌声をあげて騒ぎ立てる

と、ここまできたら
どこでもお決まりの札が立つ

「釣り禁止」

立て札には良民の怒りが見え隠れする
しかし良民はそれ以上の攻勢には出ない
それが彼らの昔からの良心だ

しかし
それをよいことにバサーの悪行は続く
事もあろうか池の水を抜いた
信じられないことだが
釣りやすくするためだと言う
満水だと釣りにくいからだと言う
ここに至っては良民も堪忍袋の尾が切れた
さもあらん
水は良民(農民)の命である
稲や野菜を育む命の水だ
それを抜かれてしまったのだから
アタマにこない方がどうかしている

良民は県に池の漁業権を申請した
表向きの理由は養魚だが
真意はバサーと池を隔絶するためだ
それでもなお
加西に通うバサーは後を絶たないときく
自分で自分のクビを絞めていることに気付かずに
加西に通うバサーは後を絶たないときく
人間の心を持たずして
魚釣りの愉しさなどわかるものか
‥‥‥と、私は言いたい


a0110205_323434.jpg

二十年前
加西で釣りをしていると
農作業の手をとめて
語りかけてくれた
良民のあの笑顔はもうない

庭先に招き入れて
汚れた手足を洗わせてくれた
良民のあの優しさはもうない

あの草いきれでむせかえる夏の日の
バスと戯れた興奮や衝撃や感動も
遠い昔の思い出の中に閉じこめざるを得ない

極めて残念である



13 Oct. 1998 ....... Ikasas Ikuy





(注)「農業用灌漑用水池」のことを「野池」と呼ぶことは危険である。なぜなら、まったく管理されていない野放し状態の池を指す虞れがあり、釣り人がなにをしようと自由であると捉えられる虞れがあるらからである。
それでも、あえてここで「農業用灌漑用水池」のことを「野池」という言葉を用いたのは、農業用の池を野池と呼ぶことに異議を唱える方から直接に「意図を理解してもらえるなら、今まで通りの表現を用いられることを願う」との申し出があったことによる。
日頃、深い思慮なしに使っている言葉が、思わぬ誤解を生むこともあることに注意を払わねばならないと感じた次第である。









































































'
[PR]
by angling_net | 2010-03-23 03:28 | 独り言


<< とある雨の日の独り言 スモールマウスバスのこと >>